慰霊の日に考えること
2006.06.23(22:01)
神戸のメリケンパークの片隅に、メリケン波止場という場所がある。阪神大震災の爪あとをそのまま残す場所。
ココで記念撮影をさしている人をよく見かける。
笑いなさーい、なんて言いながら何枚も写真を撮るお母さん。
むかつく。
ここは笑って記念写真撮る場所じゃない。
震災前は美しい場所だったけれど、
ここにだって色んな思いを抱えてテント張っていた人がいたんだ。
旅行の記念写真の為に、壊れた波止場を残してあるんじゃないぞ。
なんて思いを、慰霊の日になると思い出す。
公立学校は休みになり、県内各地で追悼式や戦争体験者の方を交えての行事等が行われる。
沖縄では、身内の誰かが戦地としての戦争体験者。
しかし私は、身内の誰も戦地に行った事は無く「戦争を知らない世代」の代表とも言える。
そんな私が「今の平和はどんな歴史の上に成り立っているか」を確認する儀式に、
「ちょっとイベントがあるから行ってみようか」といった気軽さで参加する事は、メリケン波止場で記念写真撮る事とあまり変わりが無いように思えて、毎年特に何もせずに過ごしている。
テレビに映し出される長田区。炎が祖母の住む西側に広がらない事を祈る私。
テレビの前で無言で泣く母。険しい顔の父。
ヘリが炎を煽ってまで報道しても、東京からは何もできない苛立ち。
そんな思いは、メモリアルパークで笑って記念撮影している人にはわからない。
私にも、直接被災した方の胸のうちはわからない。
次の世代に戦争の悲惨さを伝えるって?
私はきっと、祖母や母から聞かされたような表面上の事しか子供には伝えられない。
写真や映像はどこか違う世界の出来事のように感じるし、王子と遊んでいる場所で昔地上戦が繰り広げられていたと感じる事はむずかしい。
だからこそ。
お年寄りには長生きして欲しい。
私たちの世代ができない事を、なるべく多く伝えて欲しい。
4人に1人は戦争の犠牲者になり今でも多くの基地が残る「戦争」を思い出させる沖縄。
だからこそ「平和」について考える機会も多く与えられているような気がする。
道が広くなり「復興」したように見える被災地。
それでも、失ったものや癒えない傷は多すぎる。
似て非なるものだけれど、私の戦争についてのイメージは、街が瓦礫になってしまった神戸のイメージ。
自然災害の何倍もの被害を人の手で行ってしまうもの。
昔より情報はたくさん入ってくるけれど、今の親ってこの程度。
3月9日だから東京大空襲についての授業をしてください、なんて先生が困る?
地域の方を招くとか、何かやって欲しかったな。。。



チヨ(10/04)
汁大臣(10/03)
河内のお兄さん(09/30)
村上春(09/25)
ハセヲ(09/23)
智樹(09/23)
食う!(09/20)
ダルお(09/14)
カルマみるや(09/13)
ともチ(09/11)
龍ぽ(09/07)
かんじゃん(09/06)